概要

本稿では、刈屋(1986a)によって提案された多変量時系列変動要因分析モデル (Multivariate Time Series Variance Component Model 以下 MTVモデル)の 理論フレームワークを概観した上で、シミュレーションによって実際このモデルがど の程度正確にワークしているのかを検証する。さらに、シミュレーションの結果に そって実証分析を行い、その結果を報告する。  第1章では、MTVモデルの理論フレームワークを先行研究に沿ってサーベイす る。MTVモデルは形式的には主成分分析の時系列化であり、主成分分析から得られ る主成分に時系列的な構造があると仮定する。つまり、多変量時系列データの背後に ある共通の変動要因を時系列的構造を持つ主成分として取り出し、その構造を分析し ようというモデルである。さらに、この主成分にARMAモデルをあてはめて主成分 の予測値を求め、それを多変量時系列のレベルのデータに戻すことによって予測モデ ルとして利用することをも狙う。MTVモデルは、同じく多変量時系列データ分析モ デルであるVARモデルに比べて推定するパラメータの数を節約することができ、30 変数程度の多変量時系列でも自由度の問題なしに100程度のサンプルから推定できる という利点を持つ。
第2章では、シミュレーションによってMTVモデル自体を検証する。先行研究で は、研究対象とするデータがMTV構造を持つとアプリオリに仮定して、MTVモデ ルが真のデータ発生の構造を捉えているのか否かも未知のまま実証分析を行っていた が、本稿ではシミュレーションによってデータの発生メカニズムをコントロールし、 発生させたデータに対してMTVモデルをあてはめて、MTVモデルが真のデータ発 生メカニズムを捉えているかどうかを検証した。今回のシミュレーション結果によれ ば、サンプル数が大きくなるに従ってMTVモデルは検出すべき変動要因をより確実 に捉えるようになることが分かった。この実験は新たな試みであり、本稿の貢献とい えるであろう。しかし、同時に取り出した共通変動要因がランダム・ウォークである ような場合には予測モデルとしてはワークしないという問題点も明らかになった。 第3章では、実際に2つの実証分析を行った結果を報告する。ひとつは東京証券取引 所に上場されている製薬27社の月次株価データを用いたものであり、もうひとつは、 マクロの15データを用いた円ドルの為替レートに関するものである。株価について は、内挿値としては株価をトラックしたものの、予測モデルとしては、1年先までの 予測に関して、単系列にARMAモデルをあてはめたもののほうがよりよいパフォー マンスを示しており、予測モデルとしては必ずしも有効ではないとの結論を得た。一 方、為替レートに関しては、内挿値として、MTVモデルはかなり正確に為替レート の動きを近似しているうえ、予測モデルとしてもよくワークしており、予測の2乗誤 差を比べると、為替レート単系列にARMAモデルをあてはめた場合よりもはるかに 良いパフォーマンスを示した。