Abstract

 1980年代に、それまで計量経済学の主流であった構造方程式モデルは、識別可能性を充たすための係数制約や経済構造を表す様々な制約の経済理論的根拠が批判され、その結果、先験的な制約を排除した時系列モデル主流の時代へとパラダイムシフトした。その際、構造方程式に取って代わったのがVARモデルである。その後、現在に至るまでVARモデルは計量経済学における標準的手法としての地位を維持している。VARモデルの基本的立場は、経済理論あるいは実態経済に関する様々な経験智または主観的事前情報をモデルに組み込むことを避け、「データに語らせる」るという点にある。しかしながら、このようなアプローチに対しては、理論無き計測という批判もあり、VARモデルに経済の構造、特に動学的構造を取り入れようとする方向が生まれた。それがStructural VAR (SVAR)モデルである。SVARモデルにおいては経済構造を考慮して、モデルの係数行列に再帰的と呼ばれる係数制約を置くことによって、経済変数間の因果序列(Causal Order)を組み込むことができる。しかしながら、再帰的な係数行列を仮定することは、構造方程式への批判として生まれたVARモデルの「データに語らせる」という立場とは矛盾するという皮肉な結果である。
 ところが最近、一部の研究者の間で、「データに語らせる」という時系列分析の立場を保ちつつ、変数間の因果関係の序列を推測する手法 ―独立成分分析(Independent Component Analysis: ICA)― が経済分析に応用されはじめた。ICAの経済分析への応用例として代表的な論文にMoneta et al (2013) がある。その論文では、SVARモデルの係数を、経済理論や経済制度に関する先験的情報を使わずにICAを用いて推定している。Moneta et al (2013)は、このICAを使ってアメリカの4半期マクロ経済時系列データを分析し、変数間の因果序列を推定した。
 本稿では、ICA分析の信頼性をシミュレーションによって検証した上で、日本の金融の量的緩和政策に関係するマクロデータに、ICAを応用した事例を報告する。