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経済教室 「FTA戦略と日本」 >>中 
石川城太 日本経済新聞2003年7月24日朝刊掲載

最近、多くの国や地域が競うようにFTAを締結し、自由貿易地域の結成に動いている。自由貿易地域は関税同盟と並んで地域貿易協定の典型例である。両者とも域内の貿易を原則自由化するものだが、関税同盟が域外に対して共通関税を設定するのに対して、自由貿 易地域は各域内国が独立に域外関税を設定する。

したがって、自由貿易地域では、域外関税の低い域内国を経由してモノが流れ込むのを阻止する目的、すなわち関税迂回(うかい)措置を阻止する目的で、原産地規則を設けている。その要件を満たさなければ、域内での自由貿易を認めない。自由貿易地域はこのような規則の設定を必要とするが、関税同盟と異なり、ある自由貿易地域に既に属していても、そのメンバー国との調整なしに新たな自由貿易地域を結成できるメリットがある。

FTAは、メンバー国と非メンバー国との待遇を差別する点で関税貿易一般協定(ガット)・世界貿易機関(WTO)の無差別原則に反するが、ガットニ四条で「関税その他の制限的通商規制を域内での実質上すべての貿易について廃止する」「域外に対して関税その他の 通商規制を高めない」などを満たすことを条件に認められている。

しかし、理論的にはこのような条件が溝たされたとしても、域内国の経済厚生が上がるとは限らないし、域外国の経済厚生が下がらないとも限らない。とくに貿易転換効果と貿易創出効果のトレードオフ(両立しない関係)はよく知られる。

自由貿易地域の結成により、自給自足の状態にあったモノが貿易されるようになるのが貿易創出で、これは経済厚生にプラスの効果をもたらす。他方、自由貿易地域結成によって、以前は域外から輸入されていたモノが域内国から輸入されるようになるのが貿易転換であり、通常、経済厚生にマイナスの効果をもたらす。揚合によっては、貿易転換が生じても輸入国の消費者が支払う価格は不変で、輸入国は単に関税収入を失うだけという状況もあり得る。

FTAを進めていけば最終的には世界が一つの自由貿易地域となり世界規模での自由貿易が達成されるという見方があるが、筆者はこの見解には否定的である。もちろんある程度まで自由貿易は進むに違いないが、世界的規模の自由貿易は望めないだろう。なぜならそれぞれのFTAは締結国それぞれの特殊事情を反映しているからである。

実際のFTAにおいては、貿易自由化から除外されている品目や自由化が先送りされている品目が多数みられる。また、原産地規則はFTAによってかなり異なる。このままでFTAが推進されると、例外や規則が入り乱れて結局行き詰まる状況が容易に予想される。バグワティ(コロンビア大学教授)が唱えたいわゆる「スパゲティ・ボウル現象」である。

また、多くの原産地規則では域内産品であるという判定に付加価値基準が用いられている。すなわち域内産品とみなされるためには域丙で一定水準以上の付加価値が要求されることが多い。自由貿易地域の結成に伴い域内での自由貿易を享受すべく域外から域内への直接投資が促進されるという指摘がある。このような直接投資促進効果は投資受け入れ国にとってプラスとの見方もあるが、中間財市場での資源配分に歪(ゆが)みももたらすため、プラスの効果をもたらす保証はない。

たとえば、非効率的な資源配分によって中間財の価格が上昇する可能性がある。とくに原産地取得要件が厳しくなるにつれ、歪みも大きくなる可能性が強い。さらに、最近筆者が中心となって行った共同研究では、原産地規則が最終財市場でも歪みをもたらす可能性を指摘した。以上、FTAを経済理論的な側面から概観したが、これを参考に日本の現状を考察してみよう。

日本は従来ガット・WT0の原則に従った多角的な自由貿易の推進という立場をとり、地域的な連挽はアジア太平洋経済協力会議(APEC)のような比較的緩やかな形のものにとどめてきた。しかし最近になってWT0での多角的貿易交渉に加えFTAにより特定の国・地域との連携強化を目指す多層的な通商政策へと方針を転換した。

日本が最近、焦るようにしてFTA締結に動いている背景には、多くの国々がFTAにより経済関係を強化している状況において何もしなければ経済的損失を被り、また(とくにアジアでの)政治的リーダー-シップを失うという危機感がある。さらに、WTOでは加盟国の増加にともない、機動的な交渉や合意形成が困難になってきたという認識がある。

経済的損失についてはメキシコ・欧州連合(EU)自由貿易協定が二〇〇〇年に発効したことに加え、その後、メキシコの保税加工制度(マキラドーラ)が廃止されたことで注目されることになった。現在、メキシコは計三十カ国以上とFTAを結んでいるが、それらの国々の企業と比較して日系企業は著しく不利な状況に置かれているといわれている。

経済産業省の推計によれば、メキシコヘの輸出減少による生産額の減少は約六千億円、雇用喪失は約三万人にものぼる。確かにこの数字だけを見れば相当の被害が生じており、したがって日本もメキシコとのFTAを早急に締結すべしとの判断になるかもしれない。しかし、そもそもFTAの経済的損得を、生産サイドの視点のみから測ることは問題である。経 済厚生は貿易創出・転換効果もとらえられるように、生産者に加えて消費者の厚生や税収なども含んだ総合的な指標で測られるべきものである。経済的損失といったとき、あまりにも生産サイドのみが強調されすぎてはいないだろうか。

また、FTAを締結する際に農産物を自由貿易の対象から除外せよとの声がある。しかし、比較優位をもつ工業品の貿易障壁撤廃を他のメンバー国に要求しておいて、比較劣位にある農産物の貿易自由化を認めないというのは身勝手であろう。もちろん多くの国におい て農業は何らかの保護を受けている。しかし、輸入制限によって保護する必要はあるのだろうか。

理論的には、ある財に対する関税あるいは輸入割当の賦課は、その財の生産に対する補助金と消費に対する税金の組み合わせと同じ効果を持っている。したがって、もし何らかの理由で保護する必要があるならば、輸入制限よりも生産補助金の方が経済厚生にもたらす悪影響は小さい。

WTOにお付る農産物の補助金については、マラケシュ協定の「農業に関する協定」に定められている。そこでは輸出補助金・国内補助金の削減が規定されているが、いわゆる「緑の政策」「青の政策」に分類される国内助成措置は、削減対象外となっている。たとえば研究、農村基盤整備、環境対策などを目的とする助成措置は、一定の条件を満たせば「緑の政策」と見なされる。米国やEUはこれらの補助金を巧みに利用している。

もし今後も日本がFTAを積極的に推進するつもりならぱ、次のような点を十分勘案すべきということになろう。まず、貿易転換効果や原産地規則から生じる悪い影響はFTA締結前の関税率が低ければ低いほど弱まるので、多角的な自由貿易交渉も並行して積極的に進めるべきである。

次に、FTA締結に伴って生じる原産地規則などのルールは、FTA拡大の足かせとならないよう、なるべく例外のない単純明快なものとし、FTAごとに異ならないようにすべきである。

最後に、ガット・WTOの規定に反しない形でFTA交渉を進める必要がある。とくに、実質上すべての貿易の自由化が要求されている以上、農産物もその例外であってはならない。農産物の保護が何らかの理由で必要であっても、その施策は貿易制限と切り離して議論すべきである。

石川城太(一橋大学経済学研究科) 経済教室「FTA戦略と日本」 >>中 日本経済新聞2003年7月24日朝刊掲載

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