正法眼蔵第二十 有時


古仏言,
有時高々峯頂立,
有時深々海底行.
有時三頭八臂,
有時丈六八尺.
有時抂杖払子,
有時露柱燈籠.
有時張三李四,
有時大地虚空.


 ここで古仏は薬山惟儼(いげん).「有時」は,或る時,有る時,時有って,と読める.
 
 時有って高山の頂に立ち,時有って深海の底を行く.
 時有って頭が三つで腕が八つの阿修羅,時有って立って一丈六尺の仏.
 時有って抂杖(しゅじょう)と払子(ほっす),時有って露柱(ろしゅ)と燈籠.
 時有って張家の三男,李家の四男.
 時有って大地と大空.

 田中氏は,「時有って」を「因縁が熟すること」と説明している.こう説明してもらうと,本当によく分かる.
 時を超越した永遠のものがあるのではなく,因縁が熟してものが生まれ,消えていく.
 「時有って山の頂に立つ」とは,因縁が熟して山の頂に立っていることをいう.因縁が熟して,「山の頂に立っていること」は,まさに「山の頂に立っている時」である.同時に,まさに「山の頂に立っている時」に,「山の頂に立っていること」になる.因縁が熟するとは,「ある状態にあること」と「ある状態にある時」が表裏一体になることになる.(2006年8月28日)


いはゆる有時は,時すでにこれ有なり,有はみな時なり.丈六金身これ時なり,時なるがゆへに時の荘厳光明あり,いまの十二時に習字すべし.三頭八臂これ時なり,時なるがゆへにいまの十二時に一如なるべし.十二時の長遠短促いまだ度量せずといゑども,これを十二時といふ.去来の方跡あきらかによりて,人これを疑著せず,疑著せざれどもしれるにあらず.衆生もとよりしらざる毎物毎事を疑著すること一定せざるがゆへに,疑著する前程,かならずしもいまの疑著に符合することなし.ただ疑著しばらく時なるのみなり

 有時も,「時すでにこれ有なり,有みな時なり」と道元流の読み下しからはじまる.因縁が熟すると,「そうあること」と「そうある時」が表裏一体となる.
 仏身が現れるのも時有ってのことであるし,仏身が現れる時こそ,時は光明に満ちている.
 日常の二十四時をよく考えなくてはいけない.阿修羅が現れるのも時有ってであるし,阿修羅が現れる時こそ,時は日常の二十四時と変わることがない.
 田中氏の「長遠短促」の解釈は他のどれよりも分かりやすい.「待つ時間は長くて待ち遠しいし,決断や処理を迫られている時間は短くて急促である.」そうした日常の二十四時は,その長さを測ることはしないが,それを二十四時とするのである.
 過去から未来への時の経過が明らかなので,人々は日常の二十四時を疑うことがない.しかし,疑わないからといって,時を理解しているわけではない.人々は,知っていない一々の事物について一貫した態度で疑うわけではないので,当然のこととしている日常の二十四時が,今まさに問題となっている時に一致するわけではない.
 ただ,仮に疑えば,疑うことがまさに疑う時なのである.田中氏は,「時は吾々の一挙一動に相即しているのである」という.
 しかし,田中氏は,道元の議論の立て方に疑問を呈している.有時の「時」が日常的な「時間」と必ずしも一如なのであろうか.非可逆性と計量性を備える時間は,有時の時をはみ出してしまうのではないであろうか.経歴の議論でこの点に戻ってくる.(2006年8月29日)


われを排列しおきて尽界とせり.この尽界の頭々物々を,時々なりと視見すべし.物々の相礙せざるは,時々の相礙せざるがごとし.このゆへに同時発心あり,同心発時なり.および修行・成道もかくのごとし.

 この文章はとても難しい.冒頭の「われ」は(自己を表す)小我でなく,(自然に擬した)大我を指していると,田中氏は解している.
 自然(の理法)の展開が万有となる.この万有にある一々のものは,時有ってそこにあると見なければいけない.「あれがあること」と「これがあること」がお互いに妨げないのと同様に,「あれがある時」と「これがある時」がお互いに妨げない.
 自然が本来のあり方を発揮することを,同時発心とも,同心発時ともいう.修行・成道も,自然に包まれている自己の本来のあり方を発現することである.
 この文章が難しいのは,道元のどの文章も結局はそうであるのだが,悟りの境地に達して自己が自然と完全に一体化した道元の視点から,「われ」といっていることの難しさのだと思う.したがって,このときの「われ」は,もちろん小我などではなくて,自然に包まれた自己であり,したがって自己を包む自然そのものということになる.(2006年8月31日)


われを排列してわれこれをみるなり.自己の時なる道理,それかくのごとし.恁麼のどうりなるゆへに,尽地に万象百草あり,一草一象おのおの尽地にあることを参学すべし.

 先のように「われ」を大我と解すれば,この文章に見通しをつけることができる.
 自己を含む自然の展開を,自然に含まれている自己が自覚する.「自己があること」が「自己である時」であるという道理は,このようなものである.このようであるからこそ,もろもろのものがそれぞれの本来のあり方を発現してそこにあって,もろもろのものがそれぞれに所を得ていることを学ばなければならない.
 ここにきて,「あること」,「ある時」,「ある場」が一如であることが明らかになる.時有って,もろもろのものがそれぞれのあり方を尽くして所を得ていることは,お互いに妨げ合うことのない絶対的なものとなる.
 ここでこのようなことを述べるのはふさわしくないかもしれないが,経済学では,個々の主体と全体が相互に整合的な状態を均衡(equilibrium)と呼んでいる.悟りの境地とは,自然と自己の均衡状態と言うことができるのかもしれない.(2006年9月1日)


かくのごとくの往来は,修行の発足なり.到恁麼の田地のとき,すなわち一草一象なり,会象不会象なり,会草不会草なり.

 このような往来,すなわち,自己が自然に包まれることと自然に包まれた自己が自覚することを反復することこそが,修行の始まりなのである.このような境地に到る時,一草一象が自然そのものであり,あるものが見えているとか,見えていないとか,草が見えているとか,見えていないとかにかかわらず,そこに絶対的な自然の道理がある.
 「
恁麼の田地に到る」を「到恁麼の田地」と書いてしまうところは,読んでいてどうしても居心地が悪い.こうしたところは,道元の斬新ではなく,単に悪文だと思う.
 田中氏のものを含めていろいろな解説を読んでも,「会」,「不会」の意味がどうしてもとれなかった.ここでは,主観的にある部分が見えているとか,見えていないとかと関係なく,自然が絶対的に存在することと勝手に解した.(2006年9月3日)


正当恁麼時のみなるがゆへに,有時みな尽時なり.有草有象ともに時なり.時々の時に尽有尽界あるなり.しばらくいまの時にもれたる尽有尽界ありやなしやと観想すべし.

 まさにこのようなわけなので,時のみがあって,一々のものがあることが一々のものがある時である有時は,あらゆる時を尽くすことにもなる.森羅万象ことごとく時であって,個別な時に普遍的な自然が宿っている.いまの時に漏れている自然というものがあるのかどうか考えてもよい.
 「しばらくいまの時にもれたる尽有尽界ありやなしや」について,森本氏は「この尽有尽界と時との関係のような絶対的で無限定なものを表すには,あらゆる断定を避けたありやなしやというような表現こそがふさわしい」という.(2006年9月3日)


しかあるを,仏法をならはざる凡夫の時節にあらゆる見解は,有時のことばをきくにおもはく,あるときはと三頭八なれりき,あるときは丈六八尺となれりき.たとへば,河をすぎ,山をすぎしがごとくなりと.いまはその山河,たとひあるらめども,われすぎきたりて,いまは玉殿朱楼に処せり,山河とわれと,天と地となりとおもふ.

 そうであるのに,仏法を習わない凡夫の時節に関する考えでは,「有時三頭八臂,有時丈六八尺」を聞いても,ある時は三頭八臂になった,ある時は丈六八尺になったと解してしまう.たとえば,自分が河を渡り,山を通ってきたというように.今も渡ってきた山河はあるのであろうが,今,自分は玉殿朱楼にあるとする.天と地が隔たっているように,山河と自己も隔たっている.
 凡夫の見解は,自己が山河に含まれていることを,山河に含まれている自己が自覚するというあり方から著しく異なっている.(2006年9月9日)


しかあれども,道理この一条のみにあらず.いはゆる山をのぼり河をわたりしとき,われに時あるべし.われすでにあり,時さるべからず.時もし去来の相にあらずは,上山の時は有時の而今なり.時もし去来の相を保任せば,われに有時の而今ある,これ有時なり.かの上山渡河の時,この玉殿朱楼の時を呑却せざるんや,吐却せざらんや.

 そのような見方もあるが,それだけが道理というわけではない.山を登り,河を渡ったときというと,まさに時有って自己がそこにあったのである.自己はすでにあったわけで,時が去ったのではない.仮に時が去来するのでなければ,山を登る時は,何ものにも侵されない絶対の時であって,去来することのない絶対の今なのである.仮に時を去来に任せるのであっても,時有って自己がある絶対の今であることに変わりがない.
 上山渡河の時も,玉殿朱楼の時も絶対の今であって,今はまだ山河にいて殿楼に到っていないとか,山河を過ぎて今はすでに殿楼に到っているとか,というようなことがいえるのであろうか.一方の時に対して他方の時が「今」というのではなくて,いずれの時も絶対の「今」ではないであろうか.上山渡河の時が玉殿朱楼の時を呑み込むとも,吐き出すともいえるのではないであろうか.
 上の道元の文章を読めば,読むほど,凡夫の見解である「去来する時間」,「相対の時」(さらにいえば,非可逆的で計量できる時間)は,道元の「絶対の時」が矛盾していると,道元が主張しているとか,非難しているとかというわけではないように思う.たゆまない修行で自己を自然に一体化した時の「われ」にとっては,時のありようが去来するものではまったくなくて,時有って登った,渡った,滞ったという「絶対の事実」が「絶対の今」であるということではないであろうか.
 もし難しい問題があるとすると,まだ自己を自然に一体化させていく途上において,「相対の時」と「絶対の時」が混在して,そうした混在がかえって自己と自然の同一化を妨げてしまうことであろう.
 自然が自己(観察者)から完全に独立していることを前提にしている自然科学とは自然に対する考え方が根本的に異なっているところに,自然科学や哲学の時間に関する考え方を無理矢理に持ち出してきて,道元が現代哲学を先取りしていたとか,まったく異なるパラダイムを提示していたとかというようなことを云々するのは,まったく建設的でないように思う.(2006年9月10日)


三頭八臂はきのふの時なり,丈六八尺はけふの時なり.しかあれども,その昨今の道理,ただこれ山の中に直入して,千峯万峯をみわたす時節なり,すぎぬるにあらず.三頭八臂もすなわちわが有時にて一経す,彼方にあるににたれども而今なり.丈六八尺もすなわちわが有時にて一経す.彼処にあるににたれども而今なり.

 去来する相では,三頭八臂は昨日の時,丈六八尺は今日の時ということになる.それはそうなのであるが,昨今の道理を考えてみると,山中に深く入って千峰万峰を見渡し,そこに包まれた自己から見ると,去来するというのではなく,昨今とは今の彼方此方ということになる.
 昨日の三頭八臂も,時有って自己を包み込む自然であって,その本来のあり方を尽くしているのは,遠くにあるように見えていて,絶対の今なのである.今日の丈六八尺も,時有って自己を包み込む自然であって,その本来のあり方を尽くしているのは,近くにあるように見えていて,絶対の今なのである.
 臨機応変に処することを「権」というのに対して,本来のあり方を尽くすことを「経」といっている.
 どうでもよい話であるが,経済学でも,動態的な将来のさまざまな状態を,空間的,横断的な広がりしか有しない静態的模型で記述することがある.しかし,経済学では,ダイナミックな要素を完全にスタティックに置き換えているのに対して,絶対の時は自然生滅の道理であって依然として動態的である.(2006年9月11日)


しかあれば,松も時なり,竹も時なり.時は飛去するとのみ解会すべからず,飛去は時の能とのみは学すべからず.時もし飛去に一任せば,間隙ありぬべし.有時の道を経聞せざるは,すぎぬるとのみ学するによりてなり.要をとりていはば,尽界にあらゆる尽有は,つらなりながら時時なり.有時なるによりて吾有時なり.

 そのようであれば,松も時であり,竹も時である.時は飛び去るとのみ理解してはいけない.飛び去るばかりが時の働きと思ってはいけない.もし飛び去ることだけに時を任してしまえば,間隙が生じてしまうはずである.田中氏は,飛び去った時と飛び来たる時の間の「間隙」と解釈している.
 有時の道理を聞いても,理解しないのは,時が過ぎてしまうものとばかり思うからである.要約すると,この世界に時有って有るあらゆるものは,それぞれに絶対の時であって,そうした時と時がぎっしりと連なっているのである.まさに,連なりながら,それぞれの時をなしている.
 松も竹も時であるように,あらゆるものが有時であるのだから,自己が自然に包まれて,本来のあり方を尽くして展開している時なのである.
 ここまで道元は,「流れない絶対の時」を懸命に説いている.それでは,絶対の時と絶対の時の連なりをどう考えるべきなのか.これから道元は,時と時がお互いに侵し合うことがないという以上に,踏み込んでいかなければならない.「流れる時を流れない時と考えよ」と道破することは,われわれのものの見方を根底から揺れ動かす.しかし,道元は,道破の帳尻もとらなければならない.もちろん,凡夫の見解だからと言うだけではすまされない.どうするのであろうか.(2006年9月12日)


有時に経歴の功徳あり,いはゆる今日より明日へ経歴す,今日より昨日に経歴す,昨日より今日へ経歴す.今日より今日に経歴す,明日より明日に経歴す.経歴はそれ時の功徳なるがゆへに.

 有時には,経歴という徳が備わっている.田中氏は,ものがその本性を発揮することを功徳と説明している.今日という絶対の時からは,明日へも,昨日へも経歴することができる.昨日という絶対の時からは,今日へ経歴できる.絶対の時であるので,今日は今日,明日は明日なのである.こうして経歴とは,時の本分を遺憾なく発揮していくのである.
 非常に難しい文章だと思う.ここでは,まだ経歴ということが曖昧だからであろう.(2006年9月13日)


古今の時,かさなれるにあらず,ならびつもれるにあらざれども,青原も時なり,黄檗もときなり,江西も石頭も時なり.自他すでに時なるがゆへに,修証は諸時なり.入泥入水おなじく時なり.

 古今の時は,後先や順序を付けて重ねたり,並べたりできるものではない.始祖たちをみても,青原は青原であることが,青原である時なのである.黄檗も,江西も,石頭も,それぞれ絶対の時なのである.自己は自己で時であり,他己は他己で時である.修行は修行で時であり,証は証で時であって,自己があって他己がある,あるいは,修があって証があるというような因果では決してない.衆生を導くために泥に入ることも,水に入ることも,絶対の時である.(2006年9月14日)


いまの凡夫の見,および見の因縁,これ凡夫のみるところなりといゑども,凡夫の法にあらず,法しばらく凡夫を因縁せるのみなり.この時,この有は,法にあらずと学するゆへに,丈六の金身はわれにあらずと認ずるなり.われを丈六金身にあらずとのがれんとする,またすなはち有時の片々なり,未証拠者の看々なり.

 
ここでみてきた凡夫の見解や,そこに到る因縁は,凡夫がそう考えるところなのであるが,だからといってそれらが凡夫の道理というわけではない.これは,有時の道理が,仮に凡夫を介して成り立っているだけなのである.この場合,こうした見解は,有時の道理に従っていないと思い込んでいるので,仏は自分のことではないと考えてしまう.実は,自分が仏でないと逃れようとするのも,有時の道理の片鱗にもかかわらず,凡夫が勝手に道理でないと見ているのである.
 自己を自然と一体化した境地に立って,絶対の時を相対の時と思いこんでしまう凡夫も,有時の道理の内側にあることを説いている.「流れない絶対の時」の道理が「流れる相対の時」の道理をも包み込むというということは,自己と同一化させた自然が,「あるがままの自然」をあまりなく呑み込んでしまうということであろう.
 ここの発想方法が,自然科学的発想に侵されている私にはとても到達できないところだと思う.ここで,凡夫の見解を自然科学的な認識と置き換えてみよう.概念を用いて自然を抽象すればいろいろなものを削ぎ落とした自然であって,たかだか「あるがままの自然」のほんの一部である.その意味で自然を客体として抽象化するという発想方法では「あるがままの自然」と一体化できないというのはまったくの真理である.
 道元の言葉を自らの中に持ち込んでくることで,そのことに思い至ることは,自然に対して,あるいは,社会に対して謙ると同時に,自分の思考を常に疑うという緊張感を自分自身に持つことができるようにも思う.(2006年9月16日)


いま世界に排列せるむま・ひつじをあらしむるも,住法位の恁麼な昇降上下なり.ねずみも時なり,とらも時なり,生も時なり,仏も時なり.この時,三頭八臂にて尽界を証し,丈六ノ金身にて尽界を証す.それ尽界をもて尽界を界尽するを,究尽するとはゆふなり.丈六金身をもて丈六金身するを,発心・修行・菩提・涅槃と現成する.すなはち有なり,時なり.

 ここからしばらくまた文章が難しくなる.
 自然に展開される午や未などの十二支をあらしめているのも,時有って昇ること,降りること,上がること,下ることと,かくあるような道理なのである.子も寅も時であり,衆生も仏も時であり,この時とは,阿修羅が本来のあり方を尽くし,仏が本来のあり方を尽くしている.万物が自然の隅々まであらしめている道理を,究尽というのである.(2006年9月24日)仏が仏の本来のあり方を尽くすことは,発心,修行,菩提,涅槃で自己を自然と一体化させることである.時有って,発心する,修行する,菩提する,涅槃する.(2006年10月3日)


尽時を尽有と究尽するのみ,さらに剰法なし,剰法これ剰法なるがゆえに.たとひ半究尽の有時も,半有時の究尽なり.たとひ蹉過すとみゆる形段も有なり.さらにかれにまかすれば,蹉過の現成する前後ながら,有時の住位なり.住法位の活発々地なる,これ有時なり.

 こうした有時の道理には,他に残るものが何もない.たとえ残っていることがあっても,時有って残っているのである.たとえ半ばしか本来のあり方を尽くしていなくても,時有ってのことなのだから,半ばという有時である.たとえ過ちがはっきりとあらわれても,それはそれで有時である.有時の道理に委ねれば,過ちがあらわれる前後であっても,有時の道理が尽くされているのである.それぞれが本来のあり方を尽くしている所は,魚が泳ぎまわるように躍動的であり,これがまさに有時である.(2006年10月4日)


無と動著すべからず,有と強為すべからず.時は一向にすぐるとのみ計功して,未到と解会せず.解会は時なりといへども,他にひかるる縁なし.去来と認じて,住位の有時と見徹せる皮袋なし.いはんや透関の時あらんや.たとひ住位を認ずとも,たれか既得恁麼の保任を道得せん.たとひ恁麼と道得せることひさしきを,いまだ面目現前を模索せざるなし.凡夫の有時なるに一任すれば,菩提・涅槃もわづかに去来の相のみなる有時なり.

 有時の道理を無といったり,有といったりと決めつけない方がよい.時は,過ぎ去るものばかりだと一途に考えて,流れないことがあるのを理解していない.流れると理解するのも,なるほど時の一面ではあるが,それでは時の他の面がみえてこない.時が過ぎ去るとだけ考えていると,有時の道理を見通す人はいなくなる.いわんや有時の道理を忘れ去った境地などなくなるであろう.たとえ有時の道理を認識して,あらゆるものがかくかくしかじかであるということは分かっても,あらゆるものがすでにかくかくしかじかであった,かくかくしかじかでしかありえなかったという道理を説くであろうか.たとえ有時の道理を久しく説いてきた人であっても,いつ本来の面目が現れるのかと待ってしてしまう(流れる時に自己を委ねてしまいがちである).時が流れるという凡夫の見解に任してしまうと,菩提も,涅槃も,いつか来るであろうという去来の相における出来事にすぎなくなる(菩提や涅槃が自己を自然に一体化させることではなくなってしまう).
 要するには,時を去来の相としてみてしまえば,厳しい修行で自己を自然に一体化させ,それをかつても,今も続けるのではなく,菩提や涅槃の時を受け身で待ってしまうことになる.(2006年10月6日)


おほよそ,(ら)籠とどまらず有時現成なり.いま右界に現成し,左方に現成する天王天衆,いまもわが尽力する有時なり.その余外にある水陸の衆有時,これわがいま尽力して現成するなり.冥陽に有時なる諸類諸頭,みなわが尽力現成なり,尽力経歴なり.わがいま尽力経歴にあらざれば,一法一物も現成することなし,経歴することなしと参学すべし.

 おおよそ,有時の道理を妨げるものはいっさいない.(昔も,そして)今も,左右にインドの諸神があるのは,その本来を尽くして有る時なのである.水陸のあらゆる生き物も,自然と一体化した自己が本来のあり方を尽くして現れているのである.今も,目に見えないもの,目に見えるもの,ありとあらゆるものが,自己が本来を尽くして現れ,本来を尽くして経歴していく.今,法や物の一々が現成し,経歴することは,自然と一体化した自己が本来を尽くして経歴することと変わることがないのを学ぶべきである.
 四度にわたって「いま」を重ねて強調しているのは,流れる時に身を委ねて先に現成・経歴を待つのではなく,たゆまない修行によって,昨日も,今日も,明日も有時の道理を究めないといけないという意味であろう.(2006年10月7日)


経歴といふは,風雨の東西するがごとく学しきたるべからず.尽界は不動転なるにあらず,不進展なるにあらず,経歴なり.経歴は,たとへば春のごとし,春に許多般の様子あり,これを経歴とゆふ.外物なきに経歴すると参学すべし,たとへば,春の経歴はかならず春を経歴するなり.経歴は春にあらざれども,春の経歴なるがゆへに,経歴はいま春の時に成道せり.審細に参来参去すべし.経歴をいふに,境は外頭にして,能経歴の法は,東にむきて百千世界をゆきすぎて,百千万劫をふるとおもふは,仏道の参学,これのみを専一にせざるなり.

 経歴というものは,風雨が東から西に,あるいは西から東に吹くというように解してはならない.自然は,動転しないとか,進展しないというのではなくて,経歴するのである.たとえば,春には,(梅,桜,藤など)さまざまな様子を,それぞれの本来のあり方を尽くしながら経歴する.まずは春があって,それが経歴するのではないことに留意すべきである.春の経歴とは,春を経歴することである.本分を尽くして経歴することこそが春の時を成就させるのである.そうした経歴こそが,春ばかりでなく自然が,世界が現成する時なのである.そのことを繰り返し学ぶべきである.経歴という場合,外に経歴する場所があって,そこを東に向かって百千世界が行き過ぎ,百千万劫を経るということだけが,仏道の参学ではないのである.(2006年10月8日)


薬山弘道大師,ちなみに無際大師の指示によりて,江西大寂禅師に参問す.「三乗十二分教,其甲ほぼその宗旨をあきらむ,如何是祖師西来意.」かくのごとくとふに,大寂禅師いはく,
 有時教伊揚眉瞬目
 有時不教伊揚眉瞬目
 有時教伊揚眉瞬目者是
 有時教伊揚眉瞬目者不是
薬山ききて大悟し,大寂にまふす,「某甲かつて石頭にありし,蚊子の鉄牛にのぼれるがごとし.」


 薬山は,石頭の勧めで,馬祖に「自分は,三乗や,十二分教はおおよそ理解できたと思いますが,なぜ達磨大師がインドから唐に来られたのか,その意味をご教示ください」と参問すると,馬祖は次のように答えた.
 時有って大師をして眉を揚げさせ,目を瞬かせた.
 時有って大師をして眉も揚げさせず,目も瞬かせなかった.
 時有って大師をして眉を揚げさせ,目を瞬かせたこと,是とする.
 あるいは,是としない.
薬山はそれを聞いて大悟し,馬祖に「石頭にあったころは蚊が鉄牛をのぼるように遅々として進みませんでした」と言った.
 田中氏は,揚眉瞬目も,本来の自己を尽くして自然と一体化する時であり,揚眉瞬目しなかったとしても,有時である,また,達磨大師の揚眉瞬目を是とするも,是としないも,その時,その時の道理であると解釈している.非常に難解な文言である.(2006年10月9日)


大寂の道取するところ,余者と同じからず.眉目は山海なるべし.山海は眉目なるゆへに.その教伊揚は山をみるべし,その教伊瞬は海を宗すべし.是は伊に慣習せり,伊は教に誘引せらる.不是は不教伊にあらず,不教伊は不是にあらず.これらとも有時なり.

 ここでも,道元の独特の読み下しで意味が発見されていく.
 馬祖の道破したところは,他のものの言うところとはまったく違う.自己を自然に一体化した釈迦の,あるいは達磨の眉目であれば,自然そのものであって,山海と変わるところがない.達磨に眉を揚げさせるものに,山をみることができるし,達磨に目を瞬かせるものは,多くの川が集まる海でもある.達磨(伊)は自然(是)と同じくなり,達磨はそのことを自覚させられる.有時の道理で事々物々がそうなったもの(是)もあれば,そうならなかったもの(不是)もある.そうならなかった(不是)としても,それを自覚させられる(教伊)のであって,自覚されなければ(不教伊),そうならなかったこと(不是)にもならないのである.
 ここでも,田中氏が繰り返し主張する,自然と一体化する自己がそれを自覚するという,まさに,「不動点としての自己」を視点とすると,どうにか上の文章にも見通しがつく.(2006年10月10日)


山も時なり,海も時なり.時にあらざれば山海あるべからず.山海の而今に時有らずとすべからず.時もし壊すれば山海も壊す,時もし不壊なれば山海も不壊なり.この道理に明星出現す,如来出現す,眼晴出現す,拈花出現す.これ時なり.時にあらざれば不恁麼なり.

 この文章の意はすでに明快であろう.
 明星以下,釈迦の故事に因む.明星は30歳の時に暁天に明星を見て開悟したことを指し,眼晴(第58巻に同名の巻がある)は,仏法の根幹を意味する.また,拈花は,釈迦が霊鷲山で青蓮華を摘んで正法眼蔵を衆に示したことを指す.(2006年10月11日)


葉県の帰省禅師は,臨済の法孫なり.首山の嫡嗣なり.あるとき,大衆にしめしていはく,
 有時意到句不到
 有時句到意不到
 有時意句両倶到
 有時意句倶不到
意・句ともに有時なり,到・不到ともに有時なり.到時未了なりといへども不到時来なり.意は驢なり,句は馬なり.馬を句とし,驢を意とせり.到それ来にあらず,不到それ来にあらず,有時かくのごとくなり.到は到に(ケイ)礙せられて,不到に(ケイ)礙せられず.不到は不到に(ケイ)礙せられて,到に(ケイ)礙せられず.意は意をさへ,意をみる.句は句をさへ,句をみる.礙は礙をさへ,礙をみる.礙は礙を礙するなり.これ時なり.礙は他法に使得せらるといへども,他法を礙する礙いまだあらざるなり.我逢人なり,人逢人なり,我逢我なり,出逢出なり.これらもし時をゑざるには,恁麼ならざるなり.


 ここの文章は,再び難解である.
 帰省が大衆に示して,次のように言う.
  時有って精神が熟し,表現が熟さないこともある.
  時有って表現が熟し,精神が熟さないこともある.
  時有って精神も,表現も,ともに熟すこともある.
  時有って精神も,表現も,いずれも熟さないこともある.
 精神も,表現も,有時の原理に従って現成する.それらが熟しても,たとえとえ熟さなくても,ともに絶対の時なのである.時が到らないといっても,到らないという時が到来しているのである.精神も,馬も,同じ有時の道理に従っている.表現も,驢馬も,同様である.縁起が熟することや熟しないことを時の去来に委ねることはできない.有時とはそういうものである.
 「熟すること」がそうでなくなったとしても,「熟すること」の縁がなかっただけで,「熟しないこと」の縁がなかったというわけではない.同様に,「熟しないこと」がそうでなくなったとしても,「熟しないこと」の縁がなかっただけで,「熟すること」の縁がなかったというわけではない.
 精神は精神が熟するかどうかだけであって,そこに精神が現成する.表現も表現が熟するかどうかだけであって,そこに表現が現成する.「妨げること」(礙)も「妨げること」の縁が熟するかどうかだけであって,そこに「妨げること」が現成する.よく礙は他を妨げるように使われるが,礙が妨げるのは礙であって,それ以外の何ものでもない.
 我(自己)が人(他)に逢うというが,実は,我が我に逢って,人は人に逢っているのである.逢いに出ることも,その縁が熟したからである.時が熟さなければ,何かが何かに逢うということもないのである.ここは,三聖と興化の問答である「示衆云 我逢人即出 出即不為人 興化云 我逢人不出 出即為人」を踏まえている.
 あらゆる事物も,あらゆる人事も,今そこにあるのは,今そこにある時であって,そうなるのは,それ自体の縁が熟するのであるということを,繰り返し述べている.それらを時の去来に委ねて待つことができないということは,不断の修行のみが有時の道理に従うことになる.次の文章がそのことを明確に述べている.(2006年10月11日)


又,意は現成公案の時なり,句は向上関(レイ)の時なり.到は脱体の時なり,不到は即此離此の時なり.かくのごとく弁肯すべし,有時すべし.

 精神は,真理が現成する時であり,表現は,根幹が踏み出す時である.縁が熟するとは,解脱の時であり,縁が熟さないとは,即くべくして即き,離れるべくして離れる時である.
 このように不断の修行によってはじめて有時が有時としてあることをわきまえるべきなのである.(2006年10月11日)


向来の尊宿,ともに恁麼いふとも,さらに道取すべきところなからんや.いふべし,
 意句半也有時
 意句半不到有時
かくのごとくのさんきゅうあるべきなり.

 
教伊揚眉瞬目也半有時
 教伊揚眉瞬目也錯有時
 不教伊揚眉瞬目也錯錯有時
恁麼のごとく参来参去,参到参不到する,有時の時なり.


正法
眼蔵有時第二十
仁治元年庚子開冬日書干興聖宝林


 ここは,馬祖や帰省の言に道元が加えているのであるが,とても難解である.多くの解釈本も,ここで頓挫する.
 田中氏は,思い切って,独自の見解を展開している.有時の道理からすれば,到も,不到も,絶対の時であって,而今である.本来であれば,半到や半不到を,「到を予定した不到」とか,「不到を予定した到」と解釈することはできない.しかし,田中氏は,半到や半不到を,「到から不到へ」,「不到から到へ」の過程にある可能性を示唆している.
 いったん,そうした過程を認めると,自己を自然と一体化したと思ったが,それが中途半端であったり,錯誤であって,有時の道理から外れてしまうことを,半有時や錯有時と解釈できるのではないかと,田中氏は言う.
 ここで田中氏の言葉を自分勝手に乱暴にまとめてしまうと,次のようになるのではないだろうか.
 自己が自然と一体化し,自己が自然の不動点となっている状態を均衡と呼ぶとしよう.有時の道理は,あらゆる事物やあらゆる人事が,どのような状態であれ,均衡にあるというものである.しかし,修行を離れて考え方や態度が安易となり,何事も時の去来に委ねて,あるがままの自然を均衡と捉えてしまうことも,有時の道理とすることは決してあってはならない.そうした事態は,むしろ不均衡と捉えるべきではないか.不断の修行で不均衡から均衡へ脱しようとする過程が,半有時,錯有時,錯錯有時ではないであろうか.
 田中氏自身が言っているように,このような解釈は,かなりの異端に属するであろう.しかし,物理的な時間に体現されている過程(transition)という考え方を取り入れることによって,有時の道理にダイナミックな側面が出てきて,不断の修行によって均衡が保たれている様相が見事に浮かび上がってくるように思う.
 実態的な側面を考えると,有時の巻を書した頃,道元にこう言わせるほどに,禅の修行が形骸化していたのかもしれない.(2006年10月11日)

 ここで有時の巻を読み終えることにする.(2006年10月11日)