I. 活動の基本方針
1. 現状と課題
この報告書が主たる対象とする本学部・研究科の活動は,2007年4月以降の2年間である。2004年4月より国立大学が法人化されたことを契機に,国立大学を取り巻く環境は大きく変化した。特に,2005年度以降年々1%ずつの運営費交付金削減,および大学評価による競争原理の導入は,本研究科にも大きな影響を及ぼしている。
運営費交付金の削減については,それに対応する形で科学研究費補助金の増額,21世紀COEあるいはグローバルCOEに代表されるプロジェクトベースの競争的外部資金制度の拡充等の措置が,国全体として図られてきている。このため,大学あるいは研究科が一体となって推進する,研究・教育プログラムの重要性が増している。本研究科においても,様々なプログラムのもとに研究・教育活動が行われている。2003年度から2007年度までの5年間活動した21世紀COEプログラム「現代経済システムの規範的評価と社会的選択」と「社会科学の統計分析拠点構築」には,本研究科からも多数の教員が参加し成果を上げた。2008年度にはグローバルCOEプログラム「社会科学の高度統計・実証分析拠点構築」がスタートし,本研究科から多くの教員が参加している。
文部科学省委託事業としては,2006年度に世界を対象としたニーズ対応型地域研究推進事業として,学際的かつ地域横断的な中東地域研究を構築することを目的とする「アジアのなかの中東:経済と法を中心に」が採択された。また,2008年度には近未来の課題解決を目指した実証的社会科学研究推進事業として,高質で耐久性の優れた住宅ストックを生み出し支えるために必要な社会経済制度を設計することを課題とする「高質の住宅ストックを生み出し支える社会システムの設計」が採択された。これら2つの文部科学省委託事業は,いずれも事業期間が5年間であり,現在精力的に活動している。
2006年度より,概算事業「統計・計量分析の新たなプログラム開発と高度実証教育」が始まった。事業期間は4年間で,経済学の従来の分野における経済データの実証分析に関する高度な大学院教育を推進すると同時に,金融工学や環境経済学を含む経済学の新たな分野における情報をデータベース化して,適切な統計分析手法を開発し,教育を行うことを目的としたものである。また,2007年度には文部科学省の大学院教育改革支援プログラムとして,金融工学の高度専門職業人を養成することを目的とする「文系修士課程における金融工学教育モデル」が採択された。事業期間は3年間であるが,このプログラムをきっかけとして,金融工学教育センターが設置された。
これらのプログラムは,本研究科の研究・教育活動に大きな効果をもたらしている。その一方で,プログラムは数年の期間で終了するため,プログラム終了後も成果を継承・発展させるための支援体制が重要である。そのために,現代経済システム研究センターを2008年2月に設立した。このセンターは,本研究科が担う研究・教育プログラムを長期的に連結する役割を果たす。
科学研究費補助金についても,本研究科は着実に採択件数を増やしている。2008年度には,基盤研究(S)「ゲーム理論のフロンティア:理論と応用」が採択された。研究の目的は,利害が異なる個人は,制度,市場,組織を通じていかにして効率的で衡平な社会状態を実現できるかという基本テーマを,先端的なゲーム理論を用いて考察することである。このほかにも,5件の基盤研究(A)をはじめ,多数の研究課題が採択され,活発な基礎研究を支える財政基盤となっている。
本研究科では,COEプログラムをはじめとする組織性の高い大規模研究が多いため,研究の中核的な担い手となる教員の負担が多大となっている。研究にしてもまた教育にしても,十分な効果を上げるためには,それに費やす時間の確保が急務である。現在の研究専念制度の柔軟な運用等の工夫が求められる。
大学評価については,本研究科は2006年度までの教育研究活動に対する認証評価,および2007年度までを評価対象とする法人評価の2つの評価を経験した。これらの評価制度は,国立大学の法人化を契機として導入されたものであり,認証評価,法人評価ともに今回が第1回目である。評価制度自身の評価は,今後の議論に委ねられることになるが,制度の如何にかかわらず,研究科として,あるいは大学として,教育および研究の充実に不断の努力が求められる。
本学部・研究科が取り組んできた教育上の主要課題は,学部教育と大学院教育の一体化をさらに推進することである。特に,大学入学から5年間で学士号および修士号を取得して,高度専門職業人の道を歩む人材を育成するために「5年一貫教育システム」が創設され,2006年3月に最初の卒業生を送り出した。現在のところ,提供するプログラムは「統計・ファイナンス」,「公共政策」,「地域研究」の3分野と,特に分野を指定しない「一般」であるが,今後は,より多くの専門分野がプログラムを提供することが望まれる。この制度では,修士課程を1年間で修了するために,学生は多大の努力を要するが,苦労するだけの効果がもたらされるように,われわれも相当の努力を払い,制度の充実と改善に配慮していくことが求められる。