II. 教育活動

4. 修士専修コース・専門職業人養成プログラム

「修士課程専修コース」のなかに設けられた「専門職業人養成プログラム」は「公共政策」,「統計・ファイナンス」,「地域研究」,からなり,その教育目標は高度な知識と能力を備えた専門職業人を養成することにある。このプログラムは各分野における専門知識を修得し,実社会で活躍することを目指す学生を念頭に設けられた。つまり,経済学研究科の教育活動のなかにおける,プロフェッショナル・スクール的な存在であると言えよう。

定員は20名程度であり,5年一貫教育システム参加者および一般の修士課程入学者のいずれも参加することができる。各プログラムは申請者の学業成績,研究計画書,指導教員の推薦状,面接の結果等を考慮し,プログラム参加者を選抜する。各プログラムは経済学研究科が設けている履修規定の枠組みのなかで,それぞれが独自に追加的な履修要件を課している。つまり,インディペンデント・スタディ,ワークショップなどの授業科目を機能的に利用することによって,それぞれのプログラムはその独自色を打ち出し,必要な専門教育を施している。各プログラムの履修要件を満たし,修士課程を修了した学生に対しては,研究科からプログラム修了証書が授与される。

2007年1月までの,専門職業人養成プログラム修了者・参加者数については表T‐ 1に示したとおりである。


(1)公共政策プログラム

現在の日本は,巨額の財政赤字の累積,急速な少子高齢化と大幅な見直しが必要とされる社会保障制度,といった構造的経済・財政問題を抱えている。また,世界に目を向けると,貧困の中で人々の人権が保障されていない国々や,経済的権益をめぐる摩擦や対立あるいは環境破壊が人類の生存を脅かしている状況が見られる。言うまでもなく,このような深刻な問題の解決・改善のためには,経済活動や政策の効果に関する深い理解と,人々を説得することができる力を備えた優秀な人材が必要とされる。しかし,残念ながら,これまでの日本の高等教育制度において,そのような人材の育成が十分行われていたとは言えないように思われる。

公共政策プログラムは,このような状況を少しでも改善することを目指して,専門職業人養成プログラムの1つとして創設された。その対象は,主として,国家公務員,地方公務員,あるいは政策系シンクタンク等の研究機関を志望する学生,および,世界銀行・IMF・アジア開発銀行などの国際機関でエコノミストとして働きたいという希望を持つ学生である。このプログラムの最終目標は,修士課程の学生に,政策アナリストとしての技能を与え,公共政策に関する専門的見識を有する政策のプロを育てることである。特に,政策の数量的分析能力を身に付けさせると同時に,現役の官僚,国際エコノミスト,シンクタンク等の研究者との交流を通じて,現実の政策問題への学生の関心を喚起している。

公共政策プログラムに所属する学生は,大学院ゼミ(6単位),インディペンデント・スタディ(4単位),公共経済ワークショップ(2単位)の必修科目に加えて,「基礎科目」(10単位)および「専門科目」(10単位)を選択必修科目として履修する。「基礎科目」および「専門科目」はいずれも,政策分析の基礎や実際に関する講義であり,本プログラムに所属する学生は,政策分析の基礎に関わる講義を履修すると同時に,政策に関わる講義を幅広くかつ集中的に履修することになる。

インディペンデント・スタディ(4単位)は,基本的には学生の習熟度に応じた計画に従って学習してもらう科目であるが,公共政策プログラムでは,コンサルティング・プロジェクトを完成させることを修了要件としている。コンサルティング・プロジェクトは,アメリカのいくつかの公共政策大学院でプロフェッショナル・トレーニングを行うために取り入れられている手法である。この手法は様々な名称で呼ばれているが,その基本的な仕組みは,学生が政策に関するコンサルティングの仕事を擬似的に請け負い,依頼機関(クライアント)との情報交換を重ねながら調査研究を行い,最終的に依頼機関に納得してもらえるような報告書を提出するというものである。

コンサルティング・プロジェクトの準備段階では,基礎的トレーニングやセミナーなど,参加者全員が出席する時間も多く,本プログラムを構成する学生および教員が学問的交流を深める機会が数多く準備されている。また,学生および教員の間での交流を深めるために,夏の報告会などを実施し,本プログラムを通じて日本の政策アナリストのネットワークが広がっていくような試みも行っている。

本プログラムの初年度にあたる2004年度には,5年一貫教育システムの学生1名と,修士課程の1年生を4名受け入れ,計5名でプログラムをスタートさせた。その後も2005年度4名(2名),2006年度3名(1名),2007年度2名(1名),2008年度3名(2名)と続いている(括弧内の人数は5年一貫教育システム学生数)。コンサルティング・プロジェクトなどを通して,各学生は政策分析の手法を着実に身につけている。

なお,本プログラムの活動や詳細については,以下のホームページでも情報提供が行われている。

(http://www.econ.hit-u.ac.jp/~ppp)


(2)統計・ファイナンスプログラム

<目的>

金融工学的な思考力を持ち金融の現場で問題解決能力を発揮できる卒業生を社会に供給することは,我が国の金融・経済社会の発展に大いに貢献するものと思われる。しかし計量ファイナンスのように,時には工学的な接近をもしなければならない分野の教育を経済・社会科学系の一橋大学で,しかも学部4年間で行うには困難を伴う。このような目的を達成するために,優秀な学部学生を3年次の冬までに選考して本プログラムへコミットさせ,学部入学から5年間で効率的に大学院修士課程までの教育を受けさせる。本プログラムは,学部3年次生の後半から集中的な指導を行うことで金融工学や経済調査の現場で通用する能力を身につけた優秀な卒業生を社会に供給することを目標とする。

本プログラムにおいても将来的には金融工学等の実践的教育ができる環境(例えば模擬デーリングルームの設置など)を整備すべきではあるが当面は教育目標を,そのような環境整備無しに行える個々の学生の問題解決能力の養成とすることとした。例えば金融工学の実務において,新商品の開発で困難な問題に直面した時,自ら問題解決への道を切り開けるだけの数理的能力,統計学・確率論,計量経済学的な基礎力を身につけさせることをねらう。


<授業科目と履修規定>

今日,クオンツ等に従事して金融工学の現場で活躍する実務家の殆どが理系大学・理系大学院出身の人達である。しかし残念なことに,そこでは長年に亘って蓄積されてきた計量経済学や理論経済学の考えは十分に生かされているとは言えない。金融工学においても経済理論の基礎的知識を持つことは重要である。従って本プログラムのカリキュラムでは理論経済学の基礎と,しっかりとした確率論,統計学,計量経済学を身につけることで自らモデル開発ができるように授業科目を設定している。また本研究科の経済統計部門の教員は,確率論・数理統計学・計量経済学の優秀な専門家が多いので,これらの分野を必要とする計量ファイナンス教育において本プログラムは,他校のファイナンス教育のプログラムに対して比較優位を持つ。このような本プログラムの授業特色は,図のように計量ファイナンス,統計学,計量経済学の3つの柱を持つ点にある。これらを各々専門的に勉強したい学生のために,履修のモデルケースを作成した。それが次の表である。必ずしも毎年全てが開講されないが,十分に充実したものになっている。


<実績等>

1)本プログラムへの学生の参加状況と進路

本プログラムは初年度と次年度,5年一貫教育システム中最大の4人ずつ,そして 2006 年度は2人の非常に優秀な学生を選考している。引き続き,2007年度は5年一貫が3名,専門職業人養成プログラムのみに7名,2008年度は5年一貫が2名,専門職業人養成プログラムのみに4名参加を開始した。初年度生4人の専門は様々ではあるが,いずれも金融機関の専門性を生かした職種に就職した。次年度生も,大手生命保険と証券会社に内定している。このように本プログラムでは当初想定した通り学業成績トップクラスの学生を集めており,その就職状況も極めて良好である。また学業の傍ら複数の金融関係の企業でインターンとして実績を積んでいる学生が複数いることからも,本プログラムが高度職業人養成という所期の目的を十分に果たしつつあると言えよう。

2)授業

本プログラムでは,レベルの高い研究を行っている企業人または企業経験のある大学関係者を非常勤として招くことで,職業人養成としての実を目指した。初年度は 2名の非常勤を招いたが,内1人の授業は経済学部の授業評価でベスト3入りし非常に好評であった。また本プログラムの関係教員諸氏も金融工学関係の企業人との接触を深めるため,例えば金融工学関係の学界活動を積極的に行っている(1人は,金融工学関係の学会の前会長)。また金融工学が専門の将来有望な専任講師が幾つかの基幹授業を担当していることも,本プログラムの授業の充実に役立っている。

3)本プログラムの問題点

幸いにして本プログラムは優秀な学生のリクルートに成功している。中には3年次の夏学期で大学院コア科目を履修している者もいるし,4年次では多くが学部卒業要件を十分に満たしている。一方,修士論文を含め修士課程での履修要件を1年で修了することは易しくない。将来的には学部に於ける飛び級か学部・修士課程一貫教育に関する抜本的な改革が必要と成るであろう。また,教育内容に関して,金融工学を使う際の倫理面での教育も考慮していくべきであろう。

(3)地域研究プログラム

<プログラムの設置―意義と目的>

現在,世界は一方では,グローバル化,他方では,地域文化に根ざした伝統への回帰のなかで,複雑な様相を示している。そのなかで,いかなる職業についていようと,またどこで生活していようと,個人が世界の諸地域の動向と無関係でいることは許されない。そして,不確定要素に満ちている現代世界に立ち向かうには,現象を抽象化し鳥瞰的に把握する能力と,現象の固有性を具体的な地域文化のなかで解釈する能力とをともに必要とする。社会諸科学は前者の,地域研究は後者の能力を養う学問である。

本プログラムは,以上の現代的な要請を踏まえて,世界各地域の歴史および現代社会に関する深い学習を積み,各地域と日本に関わる諸問題にとりくむための,地域に根ざした専門的な知識を持った職業人を養成することを目的とする。経済学研究科経済史・地域経済専攻の関連教員を中心とするが,同研究科応用経済専攻および経済研究所の関連教員の協力を得て運営される。

本プログラムで目指されるのは,「市場化」,「貧困」,「環境」,「地域協力」といったグローバルな課題(イシュー) について,経済学を中心とした社会諸科学の考え方と手法を用いて分析しつつ,しかし,あくまで具体的な「地域」の現実に即して事態を掘り下げて分析しようという実践的な学問である。本プログラムは,資格取得や特定の職業選択と直結したものとして構想されてはいないが,世界各地域に関するより深い知識が必要とされる領域(開発援助や海外との人的交流に携わる公的機関や企業,ジャーナリズム,シンクタンクなど)で活躍する学生を送り出すことを目指している。一見,迂回的にみえるとしても,地域に根ざした社会科学的知見と「現場感覚」の獲得は,21世紀の職業人にとって有用であると考えるからである。


<プログラムの内容―科目と規定>

本プログラムでのカリキュラムは,付表の通りである。現行の経済学部・研究科カリキュラムを基盤として,(1)地域研究の方法論(メソドロジー)と,(2)今日的かつグローバルな課題(イシュー)に関する講義との両者を軸に編成されている。方法論に関わる講義では,定性・定量双方のアプローチを含む地域分析手法および歴史分析手法(聞き取り調査・フィールドワーク,社会調査手法,史料講読など)が,イシューに関する講義では,今日の世界を理解するうえで基礎的かつ重要と考えられる,社会変動の比較文明史,市場化・体制移行および民主化,貧困・開発・環境,地域協力のありかたなどの課題が取り上げられる。

本プログラムに所属する学生は,必修科目のほか,経済学研究科400・500番台講義科目のうち選択必修科目に指定された科目4単位以上に加えて,応用科目として,開発経済学,環境経済学,資源経済論など経済学部専門科目の中で本プログラムに関連の深い300〜400番台科目を10単位以上,合計32単位以上を履修する。インディペンデント・スタディは,本プログラムに所属する学生を対象として,研究対象地域,研究テーマに応じた個別指導を通じて地域研究の方法論の手ほどきを行うと共に,他の科目を通じて学んだイシューに関する知識を取りまとめて,修士論文に結実させる手助けをする。


<プログラム実績>

初年度の2004年度には,学部4年次から5年一貫教育システムに参加した2名のほか,修士課程1年次から加わった2名の学生を迎えて,本プログラムを出発させた。2006年度には,修士課程1年次から2名,2007年度には5年一貫教育システムとして1名が参加したが,参加者はいずれも高度な地域研究の分析手法の修得に向けて成果を収めつつある。例えば,初年度に5年一貫教育システムで入学した学生は,如水会の奨学金を得て学部学生中にドイツにも留学し,本プログラムの趣旨に沿った研究手法を修めた。このような海外研修をも含めて,今後さらに,履修科目の充実と整理,本格的なインディペンデント・スタディの実施などによるプログラムの更なる飛躍を目指している。とりわけ,インディペンデント・スタディを最大限に利用して,学生を関連教員が組織する調査・研究プロジェクトに参加させ,地域研究の手法を実地に学ばせる機会を設けることなどが,計画されている。


付表  
【必修科目】 大学院ゼミ(6単位),インディペンデント・スタディ(4単位),ワークショップ(2単位),地域研究方法論(2単位),経済学研究科コア科目(4単位以上)
【選択必修科目】 地域経済論A,地域経済論B,地域経済論C,現代経済史,文明史,経済史特殊問題,環境経済論T,国際経済開発論T,資源経済論T,東アジア経済特論,南アジア経済特論,西アジア経済特論,日本経済史,東洋経済史,西洋経済史,国際経済開発論U,環境経済論U
【応用科目】 比較経済発展論,開発経済論,開発政策論,移行経済論,統計調査論,社会科学情報処理入門,地域開発論,開発途上地域論,開発金融論,開発と環境,産業開発論,開発援助論,地域経済各論(アジア・オセアニア,アフリカ・中近東,ロシア・中東欧など),その他の300・400・500番台講義科目